山辺田遺跡の出土品(27)

最終更新から、もうひと月半以上も経ったでしょうか。この山辺田遺跡の出土品シリーズのブログも、ずいぶんご無沙汰しておりました。最大の理由は、山辺田遺跡の発掘調査報告書作成。非情にも、特に報告書作成のための優先時間などあろうはずもなく、日々の仕事の合間、土日祝日、夜討ち朝駆け…、ブログのひと文を記すヒマがあるくらいなら、報告書のひと文字でも…の状態。かくして、悪戦苦闘の日々が続いたのです。とりあえず、その間にジワジワと溜まった雑用の数々もこなし、ようやく普通に忙しい日々が取り戻せたところです。個人的には、さすがにもうしばらくは山辺田遺跡の出土品は腹一杯ってとこですが、とりあえず、本日も2つばかりご紹介してみたいと思います。

図の出土品は2つとも色絵磁器の破片で、図1は大皿、図2は大型の台鉢です。いわゆる古九谷様式に区分されるものですが、もともと古九谷様式は分類の階層分けが深い上に、一連の山辺田遺跡の発掘調査では、伝世品を元にした古九谷様式の範疇には収まらないものもたくさん出土していますので、もうグチャグチャ感は否めません。ただ、今回の2点は比較的典型的なもので、区分上は「古九谷様式」の中の「五彩手」の中の、「幾何文手」という種類になります。
幾何文手の特徴は、まず、染付を伴う色絵素地を用い、皿の高台内には山辺田の窯場のオリジナルな特徴である、高台内直下に一重、その内側に二重の染付圏線が配されることです。ただ、かつて一例だけですが、白磁素地を用いた伝世品も拝見したことはあります。
内面は幾何文手と呼ばれるように、亀甲形や方形をはじめとする区画文を並べ、区画の枠の中には四方襷文や紗綾形文といった小さな地文で埋めることが一般的です。外面には通常青の上絵具で唐草文が巡らされますが、下絵の染付で描くものも多くはありませんが、散見されます。

図1は大皿の口縁部付近の破片で、内面の口縁部には一重の染付圏線が巡らされています。その内側には、白抜きした区画枠の中に赤絵具で太めの仕切り線を入れて亀甲文を連ねており、その内面は青の上絵具で描いた七宝繋ぎ文で埋めています。伝世品の例から、おそらく、各区画は青のほか紫、黄、緑で塗り潰されていたものと推測されます。このように、この幾何文手のタイプは、比較的青絵具を多く使うことも特徴の一つです。外面は口縁部の一重の染付線の下に、青の上絵具で器面いっぱいに唐草文が巡らされています。

図2は種類としては同じ、五彩手の幾何文手ですが、底部に高い高台の付く台鉢と呼ばれる種類の製品です。底部付近の破片で、見込みの周囲を八角形の帯で囲い、その中を七宝繋ぎ文で埋めて青の上絵具で塗り潰しており、その内側に赤線も入っています。外面は高台の付け根に二重の染付圏線が残っており、別に作って貼り付ける高い高台部分は外れてしまい、付け根あたりしか残っていません。胴部には黒色に変色していますが青の上絵具で唐草文が描かれており、高台部は黄絵具による七宝繋ぎ文で埋められています。

Photo01_2
図1 色絵幾何文大皿
Photo02_2

図2 色絵幾何文台鉢

この幾何文手については、山辺田遺跡では、染付を伴う素地を用いた色絵製品の中では最も出土例が多く、相対的に生産量が多かった種類だと推測されます。また、いわゆる百花手や九角手など創始期の色絵と文様構成が類似するため、山辺田の窯場の早い段階の製品と考えて間違いありません。
なお、山辺田遺跡の発掘調査報告書については、これから事務的な手続きを済ませ、公表準備が整いましたら、あらためてご紹介してみたいと思います。(村)H29.3.31

 

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