山辺田遺跡の出土品(37)

古陶磁の伝世品の鑑定の場面などでは、「これはまだ造形が厳しいので古い」とか、逆に「精緻なので新しい」とか、時期とともに段々変化するという捉え方で語られることが珍しくありません。たしかに近似する順に並べられると、指摘される特徴が段々変化しているように見えるため、思わず納得してしまうことも多いのではないでしょうか。
あながち間違いとも言えないのですが、ただ、これには大きな落とし穴があります。あらかじめ、たしかに近似する順に変化することを別途検証しておく必要があるからです。さらに、そもそも製品の個体差を生じている要因が時期差にあること自体の確認も不可欠です。たとえば、考古学の場合は、発掘調査で同じ遺構などで出土する一括資料や出土層位などを手がかりに、その並び順の正否を確認したりします。

ということで、本日はこれに関連する出土資料を4点まとめてご紹介します。すべて同じ土壙(穴)から出土した染付鉢で、同一土層・遺構で出土した一括資料ということになります。多少の時期差はあるかもしれませんが、おおむね1650年代前半前後の製品と推定されます。4点とも少しずつ文様が違っていますが、内面に花びら状の文様を描いて、胴部に如意雲文を配置した同じ種類の鉢です。この種類の鉢は、山辺田遺跡では、ほかにも比較的多く出土していますが、まったく同じ施文のものはほぼ皆無です。
このタイプの染付鉢は、すでに1630年代以前に遡る天神森窯跡や向ノ原窯跡などに出土例があります。この古いタイプは、外面にも花びら状の染付線が入れられ、染付線の間は陰刻されており、口縁部も染付線に合わせて花びら状に刻まれています。また、内底には、塗り潰した渦状の花心の周りに、如意雲文が渦状に描かれます。
山辺田遺跡で出土するものは、すべて外面は無文のままで、体部の陰刻も口縁部の刻みも見られないことは共通しています。1はその中ではオリジナルに近い文様配置ですが、山辺田遺跡では、内底の如意雲文は若干の例外を除き、ほとんど省略されています。2は太めのラフな染付線で描かれ、胴部の如意雲文は何となく形をとどめていますが、2方向にしか配置されていません。また、1以外は、内底の花心の部分を塗り潰していません。3は胴部が如意雲文ではなく単線の雲文になっており、ほかに如意雲文と雲文を交互に配置したものなども出土しています。4は花びらが捻花状になっており、胴部の如意雲文も省略されています。

この4点をオリジナルとの近似性で並べると、1が最も近く、4が最も遠いことは容易に分かります。ただ、2と3ではどちらが近いのかは一概には言えません。また、これ以外にも多様な文様の組み合わせの製品が出土しているので、そう単純には並べられそうにありません。もしこの差を生産時期だけの要因で捉えようとすると、短期間にめまぐるしくコロコロと変遷したことになり、かなり意識的に変える理由でもない限り、理解が不能です。もちろん、そんな理由も思い浮かびません。

大概的には、相対的に高級品ほど同時期の同種間の個体差は小さく、下級品ほど大きくなります。そのため、下級品生産の窯場では、同時期の製品の個体差が時期による変化を超えてしまい、時期的変遷を捉えにくいことも珍しくありません。つまり、時期的要因も一つの要素とはなっているかもしれませんが、こうした種類の鉢なども、主体的には同時期の誤差の許容量が大きめの製品と捉えた方が、時系列で一列に並べるよりも無理がなさそうです。(村)H29.6.30

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図1 染付鉢

 

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