山辺田遺跡の出土品(38)

早いもので、この「山辺田遺跡の出土品」シリーズも1年が経過しました。最初の頃はまだ整理作業もさほど進んでおらず、たまたま目に付いたものを写真に撮って、片っ端から紹介するような状況でした。現在では調査報告書も完成し、その図や写真から抜き出すことができるので、少しは楽になったかもしれません。ただ、あちこちつまみ食い状態で紹介してきたので、山辺田遺跡の変遷や特徴などがうまく伝わってないかもしれません。できれば、もう少し色絵磁器なども体系的に多く紹介したかったところですが、何せ小さい陶片しか出土していないような種類では、陶片を掲載してもなかなか完成品の姿をイメージしていただくのは無理そうでした。もうそろそろこのシリーズにも区切りを付けようかと思いはじめていますので、忘れる前に、本日は山辺田と言えば外せない一品をご紹介しておくことにします。

図1は、外面胴部に独特な花唐草文を染付で巡らす色絵素地の大皿です。残存部では、内面は無文ですが、外面口縁部に一重、高台の脇に二重染付圏線を配しており、高台内直下にも一重の圏線が巡らされています。残っていませんが、このタイプは高台内にさらに二重の染付圏線を配します。全体的に器壁はやや薄手で、高台は断面が三角状を呈しており、山辺田の窯場でも早い段階の大皿に多いタイプです。色絵ではなく素地ですし、外面に染付文様を配すものも特別珍しいわけではありません。また、山辺田遺跡ではじめて出土した種類ではなく、すでに山辺田窯跡の発掘調査などでも3号窯付近から複数出土しています。つまり、このタイプの大皿を取り上げたのは、モノとして珍しいからというわけではありません。実は、現在のように、陶片資料によって古九谷有田説が唱えられるようになるきっかけとなったタイプの製品だからです。

そもそも「古九谷」という区分や名称が普及するきっかけとなったのは、「彩壺会」という陶磁器研究会の活動が大きく関係しています。中でも大正8年(1919)の大正生さんによる彩壺会講演録である『古九谷論』(大正10年発行)により、位置付けが明確になっていったものと思われます。大正生さんは本名を大河内正敏と言い、子爵で著名な物理学者であり、実業家、貴族院議員なども務めた方です。その他、数年前に有名になった(?)理化学研究所の所長やら東京帝大教授やら、多方面に渡って活躍されています。一々記しませんが、彩壺会はほかにも高名な実業家やら建築家やら一様に地位や名誉を持つ方々の集まりだったので、高い社会的影響力を持っていました。昭和13年(1938)には帝室博物館によって、早くも古九谷有田製品の混じり説が出されたのですが、彩壺会によって軽くいなされています。その後、昭和30年代にもいくつかの有田説の画期となることがありましたが、長くなるのでここでは省きます。

さて、本題はここからです。昭和43年(1968)に、大阪の内科医であった山下朔郎さんが『古伊万里と古九谷』を出版されました。山下さんは昭和36年頃から各地の窯跡の資料を採集されはじめたとお聞きしていますが、それらも参考にしながらすでに古九谷有田説を主張しておられました。(もちろん、今は窯跡で陶片を採集したりすると罰せられますが)そして、おそらく昭和38年の採集品だと思いますが、山辺田窯跡の陶片の中に、伝世する古九谷の色絵粟鶉文大皿と同じ裏文様の素地があることに気付かれ『古伊万里と古九谷』の中で発表されたのです(図2)。今回紹介した図1は、その陶片とほぼ同じもので、山下さんが採集されたものは、現在は九州陶磁文化館で保管されています。

今日では、山辺田窯跡の発掘調査によって、出土資料を素材とする古九谷有田説が唱えられるようになったと思われている方も多いかもしれません。しかし、考古学的な正式な発掘調査が実施されたのは、『古伊万里と古九谷』の出版より後の、昭和47年~50年のことです。そしてその報告である『佐賀県有田町山辺田古窯址群の調査(遺物編)』が刊行されたのは昭和61年のことで、その中では「(前略)山辺田出土の上絵付の破片が古九谷様式と似ているとは言っても、山辺田窯で古九谷様式の製品を焼いたかどうかという点については未だ検討を要する問題である。」とされており、まだ出土品から古九谷有田説をグイグイ押していたわけではなかったのです。このあたりは、調査団の微妙な立ち位置にも関係するのですが、今回は触れずにおきます。もし興味のある方は、山辺田窯跡と九谷古窯跡のそれぞれの発掘調査時期と調査体制を対照してみてください。

昭和40年代~50年代頃までは、『陶説』誌上などで、美術史や民間の研究者を中心に、盛んに古九谷の生産地論争が交わされていました。現在では、考古学の研究者も多く携わっていますが、考古学が近世陶磁史研究の主要分野に急成長したのは昭和60年代からのことで、実は、まだ30年ほどに過ぎないのです。
(村)H29.7.7

図1_1

図1 色絵素地大皿

 

図2_2

図2 山下朔郎『古伊万里と古九谷』雄山閣出版 1968 より転載

 

 

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