文化財マップ(有田内山地区)

有田内山地区 (地図をクリックすると拡大します)

有田内山地区の指定文化財の解説

1 泉山磁石場跡
(肥前磁器窯跡)

国史跡
17世紀初頭、朝鮮人陶工李参平こと初代金ヶ江三兵衛によって発見されたという磁器の原料地。江戸時代の有田皿山は、内山・外山・大外山に分けられ、さらに佐賀藩の御用窯・大川内山の鍋島藩窯で使うものは御用石と呼ばれ、陶石の使用は厳格に区別されていた。
所在地 有田町泉山一丁目
泉山磁石場
2 有田の大いちょう
国天然記念物
(植物)
泉山の弁財天社の境内にある。雄木で樹齢千年くらいと推定される。樹高30m、根回り11.6m、目通り8.8m、枝の伸びる範囲は東西31mにもなる。いちょうは病害虫や火に強く、文政11年(1828)の有田皿山の大火のとき、根元にあった窯元の家屋は焼失を免れたという。
所在地 有田町泉山一丁目524-2
有田の大いちょう
3 有田町
有田内山伝統的
建造物群保存地区

国選定
(重要伝統的建造物群保存地区)
磁器の町として世界的に名を轟かせている当町。その内山地区は、古くは幕末からの商家、窯元の屋敷および付属屋、洋館などが立ち並んでいる。この和風から洋風までのさまざまな意匠の質の高い建造物に対し、平成3年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
所在地 有田町内山地区
有田内山伝統的建造物群保存地区
4 陶彫赤絵の狛犬
県重要文化財
(工芸品)
以前は有田町泉山・弁財天社に奉納されていたもので、当時は一対であったが現在は一体のみ現存する。像高39センチメートルで、姿態は左足でクス玉をおさえ、腰を据え、口をあけて獅子吼している。延宝年間(1673〜1681)の制作と推定されている。
所在地 有田町大樽一丁目4-2
有田陶磁美術館
陶彫赤絵の狛犬
5 染付有田皿山職人尽し絵図大皿
県重要文化財
(歴史資料)
江戸時代の有田皿山で働く職人の姿を泉山での採石や唐臼での粉砕、ろくろや形打ちなどの細工場、絵書座など製作工程ごとに活写した大皿。口径59.4センチメートル、高さ10センチメートル、高台径30.2センチメートル。制作年代は江戸時代後期とみられる。
所在地 有田町大樽一丁目4-2
有田陶磁美術館
染付有田皿山職人尽し絵図大皿
6 有田異人館
(附)棟札1枚

県重要文化財
(建造物)
有田焼の輸出が始まるなか、幕末の貿易商人であった田代紋左衛門の子、田代助作が明治9年(1876)、外国からの客をもてなすために建てたといわれており、白壁土蔵造りの家並みが多いなかでの洋館に、当時の人々は大変驚かされたと伝わっている。
所在地 有田町幸平一丁目2-6
有田異人館
7 天狗谷窯跡
(肥前磁器窯跡)
国史跡
有田焼の創業期から発展期にかけて、17世紀に操業された磁器窯である。有田の陶祖とされる李参平ゆかりの窯でもある。発掘調査では少なくとも4基以上の登り窯と物原(失敗品の捨て場)が見つかっており、染付、青磁、鉄釉などの製品が出土している。
所在地 有田町白川一丁目1804-4、1829他
天狗谷窯跡
8 初代金ヶ江三兵衛墓碑
町史跡
17世紀初頭に始まる日本初の磁器・有田焼の創始者の一人で、豊臣秀吉による文禄・慶長の役で日本へ連れてこられ、多くの陶工を束ねて活躍した。墓碑に刻まれた「月窓浄心居士」と没年の明暦元年(1655)が、有田町大木宿の竜泉寺の過去帳と一致する。
所在地 有田町白川一丁目 白川墓地内
初代金ヶ江三兵衛墓碑
9 陶山神社鳥居
国登録有形文化財
陶山神社の境内にある磁器製の鳥居。全体に呉須で、唐草文が描かれている。明治21年(1888)に、神事の当番町であった稗古場町が奉納した。2本の柱の頂部に渡した笠木に反りを持つ明神鳥居の形式で、高さは3.7m、笠木の長さは3.9mである。
所在地 有田町大樽二丁目5-1
陶山神社境内
陶山神社鳥居
10 陶山神社の
青銅製燈籠

町重要文化財
(歴史資料)
明治17年(1884)、陶山神社祭礼の神事当番町、大樽町から奉納された。台座に「佐賀郡長瀬町 鋳師 谷口清八」と刻まれている。谷口家は代々佐賀藩の御用を勤め、幕末には大砲、その他武器を鋳造した。清八は明治16年(1883)に谷口鉄工所を設立する。燈籠本体は高さ2m。
所在地 有田町大樽二丁目5-1
陶山神社境内
陶山神社の青銅製燈籠左 陶山神社の青銅製燈籠右
11 陶山神社の
青銅製狛犬

町重要文化財
(歴史資料)
明治18年(1885)、陶山神社祭礼の神事当番町の本幸平町から奉納された。高さ約1.8m、横幅71センチメートル、長さ1.2mで、銘により博多の深見孫三郎らの鋳造によるものであることがわかる。現在、青銅製狛犬は長野県諏訪神社下社秋宮の例が高さ1.7mで最大とされているが、本例はそれを上回る。
所在地 有田町大樽二丁目5-1
陶山神社境内
陶山神社の青銅製狛犬左 陶山神社の青銅製狛犬右
12 有田焼上絵具製造
町選定保存技術
赤絵町にある辻家は江戸時代から続く赤絵屋の子孫で、昭和10年以降に上絵具等の製造専門業者となった。和絵具の融和剤として欠かせない辻唐石のほか各種上絵具は、伝統的な制作技術による製造を行っている有田焼の窯元を支える重要な原料となっている。
所在地 有田町赤絵町一丁目2-1
有田焼上絵具製造
13 色鍋島
(色鍋島今右衛門技術保存会)

国重要無形文化財
佐賀藩では、かつて大川内山(伊万里市)において、将軍家への献上用をはじめ御用品の制作を行った。その御用品専用のスタイルが鍋島様式で、今泉家は色絵を担当する御用赤絵師を務めた。保存会は、その色鍋島の技術を保存し、将来に継承する役割を担う。
所在地 有田町赤絵町二丁目1-15
色鍋島(色鍋島今右衛門技術保存会)
14 青磁陽刻唐花唐草文水指
県重要文化財
(工芸品)
大川内山の御用窯で制作された、青磁の水指。巧みな唐花唐草の陽刻文の上に、発色の良い青磁釉が厚く掛けられている。1700年前後の制作と推定され、最盛期の優品である。口径16.7センチメートル、底径13.7センチメートル、高さ19.7センチメートルで、水指としては大振りで、類例は極めて少ない。
所在地 有田町赤絵町二丁目1-11
今右衛門古陶磁美術館
青磁陽刻唐花唐草文水指
15 金ヶ江家文書
町重要文化財
(古文書)
金ケ江家は李参平こと初代三兵衛に始まり、現在稗古場地区に十四代が作陶の伝統を受け継いでおり、当家の歴史は有田焼創業に深い関わりを持つ。後世の子孫により記されたものではあるが、有田における17世紀初頭の磁器焼成を示す資料として重要である。個人蔵。
所在地 有田町稗古場二丁目9-36
金ヶ江家文書
16 小樽2号窯跡
県史跡
1630〜1650年代および文化8年(1811)から幕末ごろまで操業した、小樽山の窯場。窯体が発見された新窯と、物原からその存在が知られる旧窯で構成される。文化11年(1814)の記録では15の焼成室があったことが知られ、安政6年(1859)の絵図には16室描かれている。
所在地 有田町中樽一丁目196-5,202-1・12・13
小樽2号窯跡
17 天神山窯跡
町史跡
1630〜1650年代ごろに操業した、稗古場山の窯場の一つ。百婆仙ゆかりの窯とされる。一時近接する稗古場窯跡と併存していた。物原によりその存在が判明するが、すでに窯体は壊滅した可能性が高い。製品の分布やその年代幅などから、おそらく窯体は1基のみと推測される。
所在地 有田町稗古場二丁目1946,2044-2・3・5他
天神山窯跡
18 稗古場窯跡
町史跡
内山地区では最も早く成立した窯場の一つで、1620〜1630年代から近代まで続いた、稗古場山の窯場。百婆仙ゆかりの窯とされる。17世紀前半に操業した窯体と、江戸後期以降の窯体が発見されている。文化11年(1814)の記録や、安政6年(1859)の絵図では、17の焼成室が見られる。
所在地 有田町稗古場二丁目2069-1,2072-2,2073-1他
稗古場窯跡
55 木造地蔵菩薩立像
町重要文化財
(歴史資料)
造立年代は不明だが、文政8年(1825)に京仏師の流れを汲む佐賀の仏師が彩色した。地元では有田皿山の歴史上未曾有の災害であった文政11年(1828)の大火の際、信者が背負って逃げ、今まで守られてきたという話が伝えられている。背板の内面には「文政11年8月9日の子の刻に激しい風雨の中で大火となり、徳三郎が駆け付け、わが屋敷に運んだ。」と墨書され、皿山の歴史を語る資料として重要である。檜の寄木造で、総高261センチメートル。
所在地 有田町上幸平一丁目1339
木造地蔵菩薩立像
56 陶山神社本殿の磁器製玉垣
町重要文化財
(歴史資料)
陶山神社本殿に設置された、左右一対の磁器製玉垣。左右ともに延長3.1m、総延長は約6.2mで、高さは78センチメートル。表面には、呉須による緻密な蔓草文様が、びっしりと描かれている。各柱の部分に染付された銘により、弘化3年(1846)9月に、本幸平山の窯焼などによって寄進されたことが分かる。
所在地 有田町大樽二丁目5-1
陶山神社境内
陶山神社本殿の磁器製玉垣

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問い合わせ

有田町歴史民俗資料館東館 文化財課
〒844-0001 佐賀県西松浦郡有田町泉山一丁目4番1号
電話:0955-43-2678 ファックス:0955-43-4185