■九州山口陶磁展とは
「九州山口陶磁展」のはじまりは、日清戦争後の不況対策として、当時の香蘭社社長九代深川栄左ヱ門や有田磁器合資会社社長田代呈一らの呼びかけで明治29年、有田町の桂雲寺でおこなわれた「陶磁器品評会」にさかのぼります。この第1回の陶磁器品評会は、明治29年3月1日から5日まで開催され、出品人数141人、出品点数784点でした。
その後、年一回の行事として開催されていましたが、突然の日露戦争(明治37年)の勃発で開催が不可能となり休止しました。窯業関係者や町民の強い意思により、翌年には再開し、明治44年には会場を桂雲寺から有田物産陳列館に移しました。
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| ▲有田物産陳列館の外観 |
▲品評会の賞状授与式の様子 |
しかし、またもや戦争が勃発し、2度の休止を余儀なくされました。これにより6年間(昭和17〜22年)休止するが、昭和23年に再開し、42年には、名称を「佐賀県陶磁展」、44年には「九州山口陶磁展」と改名し、会場も有田商工会議所に変更しました。
部門は、これまでの3部門(美術工芸品・オブジェ/産業陶磁器/図案及び陶技製品)から2部門(美術工芸品・オブジェ/産業陶磁器)に変わり、会場はこれまでの有田商工会議所に加え、佐賀県立九州陶磁文化館の2会場で開催しています。 |