有田の陶磁史(144)

ということで…、前回までで、ようやく磁器の創始者にまつわる話しが終わりました。もう、もともといつどこから、こんな展開になったのかすら記憶のかなたにぶっ飛んでますが、あらためてこれまでの記事を遡ってたどってみると、どうやら平成30年7月6日付けが最初のようです。2年ちょっと前ですね。ちなみに(46)ってなってますので、今回が(144)ってことは、通算100回近くも続いてたってことみたいです。

 

きっとこんなにしつこく磁器の創始者について記した研究史ってこれまでになかったはずですし、これからもたぶんないでしょうね。だいたい、華々しい何らかの発見がある可能性は皆無、だけど、おっそろしく手間ヒマだけはかかるって、実に非建設的な作業ですから、普通はやろうと思いませんから。研究史もちゃんと調べて咀嚼してまとめるとなると、結構な基礎知識がないとできないので、意外に難しいですし。今回は、文体がコレですから引用とかは不可能でしょうが、原則、孫引きなんて姑息な手段は使わず、ちゃんと原典に当たってますので、内容自体は折り紙付きです。

 

先ほど、これからもたぶんちゃんと調べる人はいないだろうって書きましたが、実は、生産の考古学を研究領域にしていると、研究史を一度きちっと整理しておくのは悪いことではありません。たとえば、前回までお話ししていた、天狗谷窯跡についてもそうです。“1616年に日本初の磁器を焼いた李参平の窯”っていう伝承に、結局、調査団が引きずられたことが誤りを招いてしまった大きな元凶でした。でも、お話ししたようにその伝承なるものは、調べてみると、昭和前期に完成する、何とその調査からはまだ半世紀もたたない前にはじまる伝承(?)だったわけです。こういうことも、知ってるのと知らないのでは大違いです。というか、自信を持って、それは本当の伝承なのか研究の過程で生み出された妄想からくる物語なのかを判別できるかどうかで、その後の論旨の組立が確実に違ってきますから。

 

ただ、この磁器と並行して陶器の方の研究史も調べてましたので、おかげで職場の机のまわり古書だらけで、いまだに乱雑にうず高く積み上がっています。何せバランスを崩すと瓦解してしまいますので、この一見無秩序な積み上げ方にも絶妙なコツが必要なんです。ちゃんとそのつど片付ければいいようなもんですが、何かの研究をしている方ならご理解いただけると思いますが、一つの仕事が完結するまで片付けられないんですよね。そうすると、それが終わる前に次の原稿依頼が来たりして、片付ける間もなく、次の参考資料が積み重なるという悪循環。これって、何とかなりませんかね~。

 

ということで、今回は雑談に終始してしまい、陶磁史に戻れませんでしたね。次回からは、何とか戻りたいと思いますのでご容赦ください。(村)R2.8.21

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