有田の陶磁史(169)

前回は、朝鮮半島から肥前に渡ってきた陶工には、李朝の高級磁器生産の技術を身に付けた人は、たぶんいなかったでしょうねって話でした。続きです。

 

主に渡来陶工の出身地であったと推定される朝鮮半島の南部の白磁は、多くは白磁の仲間ではあっても、現代の日本流に言えば、まるで灰釉や透明釉の陶器で、何をどう見ても日本人がイメージする白磁とは似ても似つかぬものです。韓国の研究では、17世紀には鉄絵を施したものが出現すると考えられているようですが、すでに唐津焼の技法には含まれていますので、おそらく16世紀末の段階には開発されていたと考える方が自然です。したがって、実際には、肥前に伝わった朝鮮半島の技術には器面に筆で絵を描く技法自体は内包していたと考えられます。少なくとも、それ以前に 日本国内の窯業地には、筆で絵を描く技法はありませんので、国内の他産地に倣ったものとは考えられません。

 

ところで、朝鮮半島南部の白磁は多くは陶器調のものであると記しましたが、実は、近くでカオリン質の原料が採取できるところでは、磁器質の白磁も焼かれています。例えば、全羅南道との境界に近い慶尚南道の河東郡は日本でもカオリンの産地として有名ですが、この近辺の李朝時代の窯場では、磁器質の磁器も焼かれています。

そうすると、鉄絵とはいえ絵を描く技法はあるわけですから、鉄を呉須に変えて、こうした磁器質の白磁と組み合わせれば、染付製品の一丁上がりってことも考えられそうな気もします…。いや、これも考えられそうな気がしないでくださいね。というのは、前に李朝白磁の起源についてお話した際に、中国・景徳鎮の枢府白磁の影響を受けたものという説明をしました。純白というか乳白色というか、一般の染付製品と比べて釉に青みのない白磁です。

以前、日本の場合、初期には無文の白磁は少ないというお話をしましたが、その少ない白磁も、通常は質的には染付製品と変わりません。つまりいくらか青みがあるということです。ところが、その白磁のごく一部に、李朝白磁とよく似た真っ白いものがあります。しかし、こうした質の製品の場合は、染付を入れたものは皆無なのです。これは以前お話しましたが、釉に鉄分がないため、染付が藍色に発色しない白磁です。ということは、朝鮮半島出身の陶工が李朝風の磁器質の白磁を作る技術を持っていたとしても、物理的に、そこに染付文様は入れられないということです。

どうでしょうか。朝鮮半島出身の陶工が染付磁器を作るのって、思ったほど楽々じゃないでしょ。でも、まだまだ困難は続きます。(村)R3.3.19

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