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Arita huisオープン

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このほどアリタセラと名称を変えた元有田陶磁の里プラザ内にホテル・レストラン“arita huis(アリタハウス)”がオープンすることになり、そのオープニングセレモニーが先週金曜日に開催され、お招きいただいたので出かけてきました。

以前、「おんなの 有田皿山さんぽ史」を編集した折に、ライターの女性たちの中で話題となったのは「有田には旅館・ホテルやレストランなどが少ないよね」ということでした。泊まる所・宿がないというのは、歴史的にみても江戸時代は他領の人が自由に有田皿山に入ることは焼き物の技を守る意味からも禁じられていましたので、その流れでもあったようです。ただし、往来切手(旅行許可証)を持っていれば出入りでき、元治二年(1865・慶応元年)三月、唐津の商人平松儀右衛門一行は往来切手片手に伊万里から有田に入り、高札場の裏手にあった永楽屋に泊まっていますので、そこは宿屋であったことがわかります。
また、時代は遡りますが『皿山代官旧記覚書』には宝暦12年(1762)申渡帳に皿山一手の客屋として喜右衛門が許可されていますが、旅人が着いたらその都度会所へ届を出し、帰ったらまたその旨を届けるという厳しい管理のもとでした。また、寛政元年(1789)には客屋喜右衛門とは別に、旅人宿として千兵衛の名があります。この客屋と旅人宿に違いがあったのか否かはよくわかりません。いずれにしても、たとえ領内の者であっても客屋以外に泊めることは禁止されていました。
食べ物屋が少ない、うまいものの店が少ないという点では、「有田女は料理が上手い」という言葉もあり、大切な客人をもてなす家庭の主婦に料理自慢が多かったことも、うまいものの店が育ちにくかったということにつながったのではないかと思われます。

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arita huis(アリタハウス)の客室

最近は古民家を活用した食事処ができたり、オープンキッチンのお店ができたりと有田にも他所からのお客様を案内したい美味しいお店が増えてきました。今回の“arita huis(アリタハウス)”は名前も今風、見た目も特に女性が好む感じがする建物でした。これから有田を訪れる方々が泊まって、食べてという機会が増えていくのではないかと思っています。(尾)H30.4.16 

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