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有田の陶磁史(84)

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大型連休も終わり、令和元年最初の登場です。恒例の陶器市は、今年は126万人の人出だったそうで、昨年よりも2万人ほど多かったようです。ずっと休日だったにしては、あまり増えてませんね。現在の方法ではこの程度の人数が飽和点で、来客数を増やすためにはもっと別の手を考えないといけない、ということかもしれません。

さて、前回は昭和5年の大宅経三氏の講演録から、前半部分をご紹介したところでした。武雄の内田における日本磁器創始説を提唱されたわけですが、その主人公である深海宗伝という人物については、これまで触れたことがなかったような?講演録で概略はお分かりいただけたかとは思いますが、もうこの時点で、いつ着いたか分からないような尾ひれがいっぱい着いていますし、近年ますます説が肥満傾向にありますので、まずは、元のスリムな姿をご紹介しておかねばと思います。その前に、近年にわかに宗伝やその妻の百婆仙が脚光を浴びてる感じですので、その経緯について触れておきます。

ちょうど1年ほど前の4月29日に、有田で百婆仙の像の序幕式が行われました。これは、韓国陶芸協会と百婆仙祈念事業会で建てられたようですが、その序幕式行うとのニュースがネット上を駆け巡ると、すぐさまいろんなサイトで書き込みが見られました。まあ、近年の日韓関係のこともありますので、肯定的な意見とばかりはいきませんが、そういう感情論は抜きにしても、すぐさま百婆仙磁器創始説まで飛び出すんだから驚きです。

また、宗伝については武雄のやきものの祖として、昨年、没後400年記念として命日である10月29日に、武雄市武内町の竹古場キルンの森公園で「深海宗伝顕彰之碑」の除幕式が行われています。しかし、宗伝はいつから武雄のやきものの祖となったんでしょうか?地元では前からそうだったのかもしれませんが、残念ながら知りませんでした。

こんな感じで、宗伝・百婆仙にスポットライトが当たるようになったのには、実は伏線があります。ご存じかもしれませんが、韓ドラ「火の女神ジョンイ」です。韓国で2013年に製作され、日本では2015年に放送されましたが、人気作品のようで、その後も昨年まで何度も再放送されているようです。そのヒロインのジョンイのモデルとされるのが、百婆仙で、番組を見たことないので詳しくは知りませんが、登場人物の中で宗伝のモデルがキム・テド(金泰道)という役だそうです。

もちろん、韓国に宗伝や百婆仙の記録や伝承が残っているわけではありません。あくまでも、日本からの輸出品です。ところが、ネット社会の恐ろしさ。もう、宗伝の朝鮮半島での名前は、金泰道だったというような新説、いや、珍説がまことしやかに語られ、陶磁史について触れたサイトでも、堂々と記されていたりします。というか、某新聞の記事にもそう書いてありましたね。

ところで、有田の報恩寺には、「萬了妙泰道婆之塔」という石碑が現存しています。お気づきでしょうか?“泰道”の文字。おそらく、これが金泰道の元でしょうね。ただこれは、宗伝ではなく“婆”の字があるように、百婆仙について記した石碑です。この石碑は、百婆仙の五十年忌に当たる宝永二年(1705)に、宗伝と百婆仙のひ孫の深海宗仙が建てたものです。

その内容についてお話ししたいところですが、長くなりますので、また次回ということで。(村)R1.5.10

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