前回は、昭和47年(1972)の斉藤菊太郎著の『陶磁大系』第44巻、「古染付 祥瑞」の中から、「ションズイの銘文解読」とした項目中、「銘文の誤読」とした、近世・近代の無理やり日本人名にしたりした誤読の部分について記しました。本日は、いよいよ“「五良大甫 呉祥瑞造」の意味”と題された部分です。
ただ、一文字一文字丁寧に説明されていますので、逆にかなり頭の中がこんがらがりそうな内容になっています。ですから、ちょっと要点だけを抜き出してみようと思います。
「甫」がミソみたいですね。これは元来「父」と同字で、今は漢音で「フ」と発音しますが、古くは呉音で「ホ」だったそうです。両方の字とも同音同義で、いずれも元は「男子の美称」だそうです。さらに「甫」はこの男子の美称から転じて、字(あざな)または呼び名の末尾に用いられたそうです。
どうです?もう少しややこしいでしょう…。続けます。
それで、字(あざな)の下に「甫」を付けて一般に用いたのは、宋代にはじまり流行したそうです。元来は、宋代の王安石〔北宋の政治家・詩人〕の「介甫」のように字の末尾に甫字を取り入れて字とするのが正式ですが、後世の人は字の下にさらに甫を加えて、父に替えたりもして使ったそうです。中国の正しい署名方法は、まず貫籍(本籍)、その下に号、姓、字の順で書くのが正しいのですが、祥瑞製品が作られた明末の天啓・崇禎の頃には相当乱れていたといいます。
まだ続きますので、ちょっと頭を整理してくださいね。
この「甫」の用法は、日本でも取り入れられたそうです。たとえば、小堀遠州の字は「宗甫」で、これは正しい使い方です。現代の茶道や華道で「□甫」の名が使われるのは、ここからきているそうです。これで「甫」は終わりました。
次に「五良大」です。これが呼び名に相当します。この中で「大」は明代の俗称だと長男の意味だそうです。ただ「五良大」のような3文字の用例は本来のものではないようですが、正しい用例を知らない庶民が書いたような陶枕の裏に墨書で書いた「李五大」の例があります。これは李姓の五男の家の長男の意味だそうです。ここから、「五良大」は呉家の五男の家の長男となるのだそうです。「李五大」とはちょっと読み方が違う気がするんですが、「良」はどこいったんでしょうね?
まあ、考えてもわかりませんのでほっときますが、滴翠美術館蔵のションズイ詩入鳥摘蓋の薄茶器には唐詩五絶三章が胴部に書かれており、その末尾に「呉人職」、「五良大甫呉祥瑞造」と書かれています。この場合、
「呉(人職)」=貫籍
「祥瑞」=号
「呉」「五良大甫」=姓・字
になるんですかね?よく分かりませんが…。
とりあえず、結局「五良大甫呉祥瑞造」の意味としては、「呉家の五男の家の長男である祥瑞の造」となるってことです。
でも、よくよく考えてみると、祥瑞を輸入して使っていた当時の人々は、それが中国製品だって分かっていたはずですから、日本人陶工説なんて出てきたのは、やはりもうそのことが完全に忘れ去られた江戸後期のことなんでしょうね。
そして今…。逆に日本人陶工説の方が忘れ去られてしまっています。斉藤説が発表された昭和47年には、まだそういう説が知られていたってことでしょうから、まだ50年もたってないですけどね。いや、あの石割説の出た昭和4年からでも、まだ90年です。別の説が走りはじめると、案外元の説などは、人の記憶から廃れるのは早いようですね。長かったですが、ようやくこれで次から昭和の朝鮮人陶工説に入れます。(村)R1.8.23