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有田の陶磁史(128)

最終更新日:

前回は、第三次調査の際に起こった42水の話しでした。その続きです。

ほとんど何もできなかった第三次調査の継続という形で、同じ年度の昭和43(1968)年2月に第四次調査が組まれました。今回は、2日から18日まで、17日間の調査です。ちなみに、夏の三次調査は台風でしたが、この時は大雪だったそうです。そのため、続く五次調査に訪れた際に、「天狗谷調査団は、災害をもってくるようですねえ。」と町の方々から冗談を言われたと、倉田氏が記しています。

四次調査では、前回できなかったA窯の全容を把握するため、上方へと掘り進められました。そして、一番古いA窯が、予想外にも16もの焼成室を持つ、大きな登り窯であることが判明したのです。ただ、課題として残るA窯とD窯の新旧関係については、相変わらず、層位的には確認することができませんでした。

そして、同じ昭和43年9月9日から20日には、引き続き、第五次調査が行われました。すでにA窯の全容が押さえられたため、残りは部分的にしか発見できていないD窯の走行方向をつかむことや、B窯の窯尻を探すこと、D窯とA窯やB窯の層位的関係がつかめるならつかみたいなど、すでに最終の補足調査の位置づけでした。この時点では、五次調査で発掘が完了する予定だったのです。

とりあえず、A窯の窯周りの状況確認に続いて、思いがけなくD窯の窯尻の溝まで押さえられたことで、調査は順調に進んでいました。続いて、D窯の方向を押さえるため、下部の延長線上にあるB窯の床下を試掘しました。すると、下から11室目の奥壁付近の床下に磁器片がびっしりと埋められているのが発見され、12室目ではB窯が窯尻の位置を変えて造り替えられていることなども判明したのです。16日までに、予期せぬ新たな知見も加わり、補足調査は着々と終わりに近づきました。調査期間は、残すとこあと2日。

17日からは、A窯とD窯の層位的関係をつかめないかのダメ押し、そしてA窯の床下には窯がないことの最終確認が行われました。まず、A窯最上室の第16室の床面の一部に試掘が入れられました。特に何もなく、深さ1mで地山に到達しました。これで、また一歩終了に近づいたのです。めでたし、めでたし…。

なら、いいんですけどね。この調査が、そんなに何事もなく順調に進むわけないでしょ。(村)R2.4.10

 

Photo-1
B窯11室奥壁下の遺物出土状況

写真上部の紫色に見えるのが、11室の奧壁である。

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