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有田の陶磁史(206)

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さて、前回は上司の石井兵庫に押しつけられて、石井右衛門佐土肥喜右衛門山本神右衛門の3人は夜通しかけて有田に赴き、窯焼き全員を集めて運上銀の値上げ交渉をさせられましたが、0回答でしたってとこまででした。きっと、道中では「あの兵庫のやろー、こんなめんどくせぇこと押しつけやがって」って愚痴りながら行ったんでしょうね。まったくの妄想ですが…。その上、帰りは帰りで、まるで成果なしの手ぶらなんですから、もはやジ・エンドです。重要な案件なので、3人で行けって言われたんですから、そろいも揃ってって上司の石井さんから呵られるんでしょうね。でも、このままでは、必然的に陶工たちは追放されてしまうことになります。さあ、どうしましょう。

 そこでさっそうと不屈の精神で再度立ち上がったのが、何を隠そう山本神右衛門重澄、その人です。山本さんは思いました。陶工を窯業界から追放することになれば、その生活方法も考えてやらないといけないし、それに、何より運上銀がなくなれば極貧の藩の方が困るじゃん。せっかく、運上銀がガッポリ入るようにしたのに…ってな具合です。あっ、最後の運上銀ガッポリ以外は、妄想じゃないですよ。そんな感じで文書に書いてあるんで。

 それで、また3人で説得に出かけることになったんですが、まさか手ぶらで行っても前回の二の舞です。ところが、さすが山本さんです。ある計画案を立てて、再び窯焼き全員を集めて読み聞かせ、運上銀の金額を提示してOKを出すように説得したのです。

 この頃の窯焼きは155人だったそうですが、うち半数の75人は恩義ある山本さんの言うことだからって思ったかどうかは知りませんが、とりあえず、説得に応じたそうです。でも、残り半分の75人は、そんなのムリ、ムリって拒絶したそうです。

 あれっ?何かおかしくありませんか?窯焼きの数は155人ですよね。うち半数の75人は説得に応じて、残り75人は拒絶ですよね。75人+75人=??いや、『山本神右衛門重澄年譜』にそう書いてあるのですから、修正がききませんので、ここは寛大な心で大目にみてください。

 ということで、山本さんは、運上銀をいくらにする計画案を立てたんだと思いますか?従来は、それでも皆が重すぎると思ってる銀35貫目です。さあ、いくらでしょう?何と正解は68貫990匁でした。切りのいい倍の70貫じゃなくて、68貫990匁なんですね。千円じゃなくて、998円って値札の付いてるお店の商品みたい。まあ、でも、すごすぎ。35貫で現在の金銭価値では7,000万円くらいって何度か話しましたが、今度は1億3,798万円にするって計画案ですから。だって、10年前には420万円だったんですよ。すごいムチャぶりです。

 ただし、半数が説得に応じる条件としては、もし倒産する者が出た場合は、その分の運上銀は切り捨てるってことでしたが、まあ、当然でしょうね。あまりにも、お痛が過ぎます。とは言え、半数は応じなかったわけですから、結局、この案は決着しなかったことになります。

 また作戦失敗ですが、佐賀への帰りの道中、以前藩の財務を担当していた石井さんと土肥さんは、徴税事情もよく知ってたので、35貫でもすごすぎなのに、その2倍なんていったい誰が集めるんだって、あきれかえったようです。

 ということで、もったいぶりますが、続きは次回。(村)

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