文字サイズ変更 拡大標準
背景色変更 青黒白

有田の陶磁史(312)

最終更新日:

前回は、喜三右衛門さんの赤絵の話をしてました。窯焼きやその他の人によって、喜三右衛門さんの作品を手本に、“世上くわっと”広まったんでした。でも、そもそも開発の委託者は東島徳左衛門さんですから、喜三右衛門さんが技術を独占する権利はないってところまででした。『酒井田柿右衛門家文書』は私家文書なので、当然、自分ち中心に書いてあるので、いかにも酒井田家が技術を盗まれた悲劇のヒーローみたいなスタンスになってますが、客観的に見たら、そもそもお宅も徳左衛門さんにネタを貰ったんでしょってところ。

 別に、皆さまに懇切丁寧に技術なんて教えなくても、誰かに伝わったら、後はネズミ算式に倍々ゲームで広がりますよ。磁器を作る基本的な技術自体は皆持ってるんですから。

 だいたい、神右衛門さんと徳左衛門さんはツーカーの仲ですから、喜三右衛門さん情報を、神右衛門さんが知らないわけがありませんし。神右衛門さんは、藩にどうして儲けさせようかって常々考えてるわけですから、ほっとくわけありません。

 でも、これって考えようによっては、誰も損してないんですよ。だって、有田全体が潤う話だし、喜三右衛門さんだって応分の先行者利益は期待できたわけで、おいしそうな客やブランド力は、どう考えても喜三右衛門さんのものになったわけですから。「柿右衛門…、おーっ!」って評価になるのはこの頃からですよ。それに、表には出ないけど、徳左衛門さんだって、暗躍してると思いますよ。何しろ特許権者みたいなもんですからね。最低でも、つーか、最低のはずはありませんが、喜三右衛門さんちの製品の流通はギュッと握っているはずですからね。

 そして…、神右衛門さんと言えば…、皿屋代官になって最初の運上銀の取立では、まわりから呆れられた68貫990匁ですら大きく超える、超超無謀な77貫688匁も集めてるんですから。そんで、「皿屋はやりようさえうまくすればなんぼでも取れまっせ。今後もいっぱい集めて、藩のお役に立ちまっせ。」みたいなことを言ってるくらいですからね。まるで、例の「百姓と胡麻の油は、絞れば絞るほど出るものなり。」みたいじゃないですか。そりゃ、笑いが止まりませんぜ。つまり、みんなWin-Winなんですよ。

 かくして、この喜三右衛門さんの技術は、先に広がっていた五郎七さんの技術に、スッポリ被さるように有田全体に広がって行きました。この楠木谷窯跡発の技術は、特に近場ほど、混じり物の少ないピュアに近い技術として伝わったので、後の内山地区により色濃く反映されています。もちろん、五郎七さんの技術も霧散したわけじゃないですよ。喜三右衛門さんの技術が覆ってるだけですので、そこかしこにチラッチラッて見え隠れしています。でも、トータルとしては喜三右衛門さんの技術の影響が大きいスタイルが、この後の有田の後継技術になっていくわけです。(村)

このページに関する
お問い合わせは
(ID:2262)
ページの先頭へ
有田町役場 文化財課

〒844-0001 佐賀県西松浦郡有田町泉山一丁目4番1号

電話番号:0955-43-2678

FAX番号:0955-43-4185

© 2024 Arita Town.