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有田の陶磁史(318)

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 前回は、きっと代官の山本さんなら、後の内山を海外輸出の拠点にしようって考えたはず。でも、そこは山本さんのことなので、「そんじゃ、今日からここで海外輸出用の製品をいっぱい作らせなさい。」くらいで終わるわけないでしょって話で終わってました。続きです。

当時の有田皿屋では、原則磁器専業ってことまでは決まってましたが、どんな磁器を作るかはそれぞれの業者の裁量に任されていました。まあ、業者っても、窯焼き(窯元)だけじゃないですよ。だって、どこにどんなもんをどう売るかは商人の役割ですから、それも含めての意味です。ですから、前にちょびっと触れたと思いますが、この頃までは、どこでも原則的に一つの窯場の中で、上級品から下級品まで全部生産しています。あくまでも、その窯場なりにってことですよ。南川原山のようなクソ製品ばかり作っている下級品の窯場もありましたが、でも、その中でも、一応ちゃんとした磁器みたいなものから、「これって磁器?陶器じゃないの??」みたいなものまで、そこなりの製品のランク分け自体はありました。

 でも、ちょっと前に触れましたが、一番困るのは、なまじっかバリバリの古九谷様式みたいな最新スタイルが開発されたことで、従来、初期伊万里様式の中で上・中・下に分けられていたのが、バリバリの古九谷様式が上、バリバリの初期伊万里様式が下、なんだかその中間みたいなもんが中って区分けに変質してたんですね。ところが、中ランクにはいろんなもんがあって、もう収拾が付かない状態になっていたわけです。中の上、中の中、中の下、中の上の上…、とかね。これじゃ、同じものを大量生産したくても、とてもじゃないけど質が揃わないって状態なわけです。

 そこで、山本さんグループは、まあ何とも腹の据わった大胆なことを企てました。ご同業者揃いの民間の自主性に任せてても、解決できるはずないですから。当然、自分に不利になることはしませんからね。

 そこで山本さんは、まず、後の内山を海外輸出の拠点にすべく、全体をそれにターゲットを合わせた製品の質に平準化することにしました。当時だと、ヨーロッパ向けの製品だと、高級量産品ってくらいのランクですね。だったら、ベースとなるスタイルは、当然初期伊万里様式じゃなくて古九谷様式です。でも、古九谷様式にもいろいろあるけど、まあ、オランダ人には薄くて白いのが好まれるので、そりゃまさに喜三右衛門さんちのやつだわってことです。かくして内山、失敬!後の内山では、特に喜三右衛門さんちの技術の影響の強い製品に絞られることになりました。

 いや~、今日こそは神右衛門さんの遠大な計画の中身の話をするつもりだったんですが、タイムオーバー。また次回ということで…。(村)

 

 

 

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