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有田の陶磁史(406)

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   前回は、相変わらず何も進みませんでしたね。進まないのにも慣れたでしょうが、今日こそは内山の再編のことを書きますね。

 内山の技術は、楠木谷窯跡自体が内山の東端に位置するので、外山などと比べて、相対的に南京赤絵系の影響が強い技術だってことを記しました。いや、以前お話ししたとおり、別に内山だけに南京赤絵系古九谷の技術が伝わったわけじゃないですよ。最初、古染付・祥瑞系の技術が有田全体に伝わって、その後、南京赤絵系の技術が全体に伝わってますから、内山も外山もそういう意味では違いはありません。

 たとえば、南京赤絵系の技術が全体に伝わっている証拠として、当時外山って名称はまだありませんが、白磁を素地とする色絵大皿なんかが作られていることなんかでも分かります。山辺田窯跡の万暦赤絵系にも、猿川窯跡の古染付・祥瑞系にも、オリジナルな技術の中には、白磁を素地とするものはありませんからね。

 なので、内山の場合は、古染付・祥瑞系の影響も多少残りますが、相対的に最後に伝わった南京赤絵系の技術の影響が大きく残るわけです。楠木谷窯跡では、薄くて磁肌の白い製品を作るために素焼きをしてますが、それも内山に伝わっているわけです。

 ところが、これが相対的に遠方の外山に伝わる頃には、段々技術が薄まっていくわけです。しかも、内山の場合でも、東端の楠木谷窯跡の真反対の西端にある岩谷川内山の場合は、内山の中では楠木谷窯跡からは最も遠いですし、もともと古染付・祥瑞系の総本山ですから、南京赤絵系の影響は断片的になってしまいますけど、ほかの山の場合は、かなり技術的には似ているわけです。

 しかし、外山の場合は、結構山ごとの伝わり具合に差があって、外山の中でも最も内山に近い外尾山なんかは、結構内山色が強いわけですが、概して言えば、万暦赤絵系の総本山の山辺田窯跡に近づくほど、南京赤絵系色が薄まるってことになるわけです。なので、外山では素焼きなんてまだしてません。

 しかも、外山の場合は、やっかいなことに、もう一捻りあるんですよ。つーのは、直接南京赤絵系の技術が伝わるだけじゃなくて、一度山辺田窯跡に伝わって、さんざん山辺田窯跡の中でこねくり回した技術が、再度伝わっていくわけですよ。もーメチャクチャ。なので、あんまり南京赤絵系の技術に見えないわけです。

 ということで、前回までお話ししたさまざまな条件を考えても、やっぱ内山地域に磨きをかけて、そこをヨーロッパ輸出の拠点とするのがベストな選択ってことになるわけです。

 あれっ?今回こそは話を進めようと思って、たしかになぜ内山が適しているのかってことをこれまでとは別の観点から突っ込んでお話しできましたが、やっぱ時間軸上ではまったく進みませんでしたね。まあ、ここらへんは、話がちょっと込み入ってますから、ご容赦ください。(村)

 

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