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いよいよ本番です

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今週末は有田を代表するお祭り「おくんち」が開催されます。以前は内山の10の地区での持ち回りでしたが、平成10年以降は旧新村地区も持ち回りするようになり、今では8つの地区で8年に一度の当番町が来るようになりました。

今年は特に、内山地区の中心である3区が当番町で、しかも有田焼創業400年ということで、地区の皆様の力の入れようが違うようです。通常、所望踊りなどが済んだあとに見物客などから渡される“花”というものがありますが、それに対するお礼の札を準備されていて、今年は14代の人間国宝や注連元の香蘭社会長、小説家でもある区長さんなどが、皿や水差し、あるいは狛犬や鯨の碑など、札に描かれた絵の謂れを添えていらっしゃいます。

ただ、この“花”や祭りにかかる経費についてはこれまで何度も見直しや縮小案が検討されてきました。有田のミニコミ誌の嚆矢ともいうべき松浦陶時報社発行「有田縦横」の昭和6年9月15日付けの記事に、「秋祭りに当面して」と題して一青年の文章が掲載されています。そこには費用や祭りの方法などについて、青年らしい改革案を示しています。
ただ、この祭礼・おくんちは有田の底力を見せる場でもあったようで、あの戦時中の非常時に於いても開催され、昭和19年10月16日、秋季例祭としてお神輿巡行が行われています。時代としては食糧難ということもあったのでしょうか、おくんち用の蓮根と柿を各戸に配給したと役場日誌にあります。また、昭和20年の役場日誌は欠落していますが、お産婆さんの古賀トヨさんが残された日記の昭和20年10月16日には「花配りに行って陶山神社に詣って暫く芝居共見た」とあります。この時の古賀家が準備した花が6円80銭。現在と比較するには色んな場面を想定すべきですが、「値段の明治 大正 昭和風俗史」によれば昭和20年の大工の1日あたりの手間賃が35円とあるころのことでした。

ところで、当館には明治18年(1885)、今から131年前のおくんち、当時は陶山社例祭と言っていたようですが、その様子を描いた巻物があります。本幸平町が当番町で注連元(しめもと)は田代呈一さんです。この絵巻には子ども達による雅楽の演奏、神馬、御所車や竜宮を模したものでしょうか、大きな亀の山車などが繰り出しています。警備のおまわりさんや見物客は孫を連れたおばあさんなど、今にも賑やかな声や音が聞こえてきそうな絵巻物です。

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   明治18年当時の陶山神社境内。左側にある建物は江戸時代にあった天台宗の勧請寺ではないかと思われます。

子ども達による雅楽の演奏。山高帽に羽織袴姿です。

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今回も3区から出る神馬と御所車

   馬に乗るのはこの当時の神主さんの土岐田守さん? その後ろが注連元の田代呈一さんでしょうか?

さーて、3区の総力をあげた祭りがいよいよ本番を迎えます!昨日は当館の荷解き室に鎮座?している神馬・御所車を屈強の男性陣10数名で引き出しに来館されました。皆様、頑張ってくださいね。(尾)H28.10.11

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