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山辺田遺跡の出土品(29)

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以前、“レッドクリフ”という映画が話題になったことがありました。2008年公開だったらしいので、早いもので、もう10年近くもたつようです。“レッドクリフ”と聞いても最初何の意味だかピンとこなかったのですが、「Red:赤」、「Cliff:絶壁、岸壁」、ようするに中国・後漢末期の208年に起こった“赤壁の戦い”のことでした。「三国志」に描かれる名場面のひとつなので、日本人にも馴染み深いかもしれませんが、おそらく親玉の曹操、劉備、孫権よりも、劉備が三顧の礼で迎えたという軍師の諸葛孔明の方がよく知られているかもしれません。
ということで、本日の出土品ですが、見込みに「赤壁賦」の文字が記された2点の染付碗です。ご存じの方も多いかとは思いますが、実は「赤壁賦」は、赤壁の戦いとは直接関係はありません。北宋時代の元豊5年(1082)に、蘇軾(そしょく)という人が長江沿いの「赤壁」で客人と舟遊びをした際に詠んだ(?)「賦」という韻文の一種です。「賦」の中にも時代や特徴に応じて区分があるそうですが、残念ながら、さまざまな説明を読んでもさっぱり違いが分かりませんでした。
政争に敗れて黄州(湖北省)に「黄州団練副使」という役職で左遷された蘇軾は、かつて赤壁で戦った曹操や周瑜(しゅうゆ)の栄枯盛衰をしのびつつ、自然に対する畏怖やはかない人生の悲哀を詠みました。7月と10月の2編あることから、7月を“前赤壁賦”、10月を“後赤壁賦”と呼んでいます。また、蘇軾は赤壁の古戦場だと思いこれらの賦を詠んだようですが、実際には赤壁の戦いのあった古戦場はもっと長江上流の別の場所だったことから、赤壁賦の場所を“文赤壁”、古戦場の方を“武赤壁”と呼ぶそうです。
この“赤壁賦”を題材とした製品は、以前から1640年代頃の染付小皿の出土例がいくらか見られますが、同じ頃の碗は山辺田遺跡のこの2点以外は、これまでのところ見当たりません。文様としては、皿は見込み全体に、碗は外面の3分の1程度の範囲に、舟に乗った人物が描かれるのが特徴です。人物は蘇軾と思われる一人の場合と、客人との二人の場合があります。

山辺田遺跡の碗の中で、写真1の方は底部付近しか遺存していませんが、同じ舟底や水面の波文の描写が残るため、おそらく図1と同じ舟に乗った人物文と推測されます。違うのは外面の残り3分の2ほどの範囲に描かれる文様で、図1の方は山水文ですが、写真1の方は文字を模したような文様で埋められています。もちろん、文字風ですが、何となく形を似せただけで文字ではありません。
両方ともに、高台部は無釉で、畳付の幅が広い蛇ノ目高台にしており、写真1の方がより幅広の高台になっています。また、口縁部の残る図1では、口縁部は外反させており、おそらく写真1の方も同様な口縁形であった可能性が高いと思います。

これとよく似た例は、中国・景徳鎮製の染付鉢(注1 P100 295)が知られており、口縁が外反し、無釉にした蛇ノ目高台が付けられています。外面の文様も3分の1程度の部分に舟遊びの図が描かれ、残りの部分には「後赤壁賦」の文が記されています。写真1の文字状の文様は、おそらくこれを真似たものと推測されます。ただし、景徳鎮の鉢の場合は内面口縁部と見込みの周囲は細かい文様帯になっており、圏線としている図1とは少し違っています。また、見込みの文字も、景徳鎮の鉢の方は「赤壁賦」ではなく、「永楽季製」になっています。このように多少違いはありますが、山辺田遺跡の出土碗は、おそらくこうした景徳鎮の製品を模したものと推測されます。
この景徳鎮製の鉢ですが、実は山辺田遺跡の出土資料よりももっと忠実に写した染付鉢が19世紀には作られています(図2)。年木谷3号窯跡で出土しており、同じような外反口縁の鉢で、蛇ノ目高台になっています。内面の口縁部と見込み周囲に文様帯が巡らされており、見込みには「永楽年製」と推測される「□楽年□」の文字が残されています。また、外面は舟遊び文様の部分はわずかに残るだけですが、「赤壁賦」文字や文はちゃんと読める文字として記されています。このようにかなり忠実に景徳鎮製品を模しているのですが、先述した景徳鎮製の鉢とはひとつだけ大きな違いがあり、「赤壁賦」の文が「後赤壁賦」ではなく、「前赤壁賦」になっています。

見込みに記される永楽(1402~24)は明代でも古い時期に当たりますが、高台内や見込みに「永楽年製」などの永楽の年号銘を配すものは、有田の窯場では19世紀に生産されており、17世紀の例はありません。そのため、おそらくこうした19世紀の例は、直接古い時期の景徳鎮製品を模したというよりも、再び景徳鎮で模されたものを写している可能性が高いかと思います。(村)H29.4.14

 

注1 九州陶磁文化館『日本磁器の源流』2016

写真1_1
写真1 染付赤壁賦文碗
図1_1図2_1
図1 染付赤壁賦文碗図2 染付赤壁賦文鉢(年木谷3号窯跡)

 

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