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有田の陶磁史(5)

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前回は、中国風の「陶」と「瓷」の分類と、かつての「土器」、「陶器」という日本の分類は、多少の違いはあれども、比較的近い分け方であることをお話ししました。単純な2対2分割どうしなので、そんなに難しくはなかったかと思います。残念ながら、今回は歯ごたえ十分です。

現代の日本では、日常的には、「土器」、「陶器」、「炻器」、「磁器」の4分割のやきものの分類を使用しています。これと中国風の「陶」と「瓷」の関係は、いったいどう関連付けられるのか。4対2分割なので、多少頭を捻る必要はありそうですが、ひと言で言えば、前回、「土器」と「陶器」の一部までが、「陶」という話しをしましたので、「陶器」の残りと「炻器」、「磁器」は、「瓷」の中に含まれることになります。

現代の日本人が「磁器」としてイメージするのは、広辞苑的説明にいう、「素地がよく焼き締ってガラス化し、吸水性のない純白透明性の焼物」、つまり、染付製品などに象徴されるアレです。こういう広辞苑的磁器は、中国の元時代後期の14世紀初頭頃に、景徳鎮で開発されています。一般的に元染付などと称されているものです。

ところが…、です。中国では、すでに殷代中期の紀元前1500年頃には「原始青瓷」と称されるものが現れ、本格的な「青瓷」も後漢時代の2世紀には成立しています。また、「白瓷」も南北朝時代の北斉で、6世紀中頃にはじまりました。こういうものも日本での展示や書籍では、当然、「青磁」、「白磁」という日本風の表記で、「磁器」の仲間に入れられています。

もう一度記します。現代の日本人がイメージする「磁器」は、14世紀初頭頃にはじまりました。じゃ、それ以前の「磁器」、「青磁」や「白磁」って何モノ…?

博物館や美術館等で、古い時代の中国の「青磁」や「白磁」などをご覧になったことのある方も多いかと思います。その中には、どう見ても「磁器」には見えなくて、自分の修行の足りなさを痛感された方もいらっしゃるのではないでしょうか。きっと、優れた眼力の方なら、「磁器」に見えるんでしょうね…とか思いつつ。

でも、ご心配なく。いくら心眼を凝らしても、心頭を滅却しても、現代の日本の基準に照らす限り、あれは「磁器」には見えません。見えるとすると、あらかじめ「磁器」だという洗脳を受けているからに過ぎません。特に「青磁」などが分かりやすいのですが、広辞苑的「磁器」である「純白透明性」どころか、中には胎土が真っ黒いものまであります。これはどちらかと言わずとも、「多くは有色で不透明」の「炻器」の説明の方がピッタリなのです。

つまり、中国の「磁器」には、「炻器質」と「磁器質」の「磁器」があるという、何だかややこしいことになるのです。もっとも、これは日本の製品でも同様です。「青磁」として作られたものは胎土の質に関係なく、「磁器」になります。(村)H29.8.18

20180818-120170818-2
中国(景徳鎮)の青花(染付)中国の原始青瓷

 

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